悲しき恋歌(全20話)

監督 ユ・チョルヨン
出演 クォン・サンウ キム・ヒソン 
    ヨン・ジョンフン イ・ミスク

韓国トンドチョン市の在米軍基地に住むソ・ジュンヨン(クォン・サンウ)とパク・ヘイン(キム・ヒソン)は幼馴染。幼少の時の不慮の事故で視力を失ったヘインをジュンヨンはいつも助けかばっていた。17歳になり、二人は秘密のアジトで愛を育んでいたが、ある事件がきっかけで離れ々になってしまう。叔母のオードリー(イ・ミスク)と共にアメリカに行くヘインとジュンヨンの再会はますます遠のき、生きる希望を失うヘイン。そんな時ジョンヨンの親友ゴンウ(ヨン・ジュンフン)がヘインを愛し始め彼女を支えてくれる。彼のお陰で目の手術を受け、視力を回復したヘインはやがてジュンヨンと再会するが‥。

韓国ドラマは4人の男女の愛憎模様がよく描かれるけれど、「悲しき恋歌」は一人の女性を二人の男性が愛してしまう物語です。ジュンヨンとゴンウは親友なのでお互いに相手を思いやる気持ちが強く、三角関係よりも友情の美しさを描いていたのがとても新鮮でした。ジュンヨンとヘインは生涯を約束していたのに、別れてしまってからはすれ違いばかりで、観ていて切なかったですね。ヘインも小さい頃からいつも自分を守り、大切にしてくれたジュンヨンはまるで守護神のような存在。だから彼の死亡(偽り)の知らせを聞いた時の絶望感は痛々しいです。視力を回復してジュンヨンと再会しても彼とは気がつかない、でもゴンウがどんなにヘインを想っていてもヘインの心にはジュンヨンしかないのですね。彼らの心の葛藤を丁寧に描いているので、とても見応えがありました。ラストはちょっと無理があったのが残念でしたが、「冬のソナタ」「天国の階段」に通じるテイストで私は好きなドラマですね。

クォン・サンウは今回はヘヤスタイルも若々しく、逞しさと繊細さを上手に演じていて魅力的でした。ヘイン役のキム・ヒソンは清楚で透明感のある女優さん。歌手の役なので「LOVE」などの歌も披露してくれて、華やかなドレス姿も素敵でしたね。ゴンウ役は最初ソン・スンホンが演じることになっていたので残念なのですが、ヨン・ジュンフンが上品で包容力のあるゴンウを見事に演じて素晴らしかったです。ファンになりましたよ。テーマ曲もとてもドラマチックで大好きです。二人がいつも会っていたテチョン湖のほとりにたたずむ小屋と一本の松の木の風景が美しいのがとても印象的でした。(だいぶ前に観て細部を忘れましたので簡単なレビューになりました)

愛と励ましの言葉 366日

渡辺和子著

続けて渡辺和子さんの本です。美しい文章が1年間のカレンダーのように毎日綴られています。とても清らかで暖かく、生きる勇気を与えて下さいます。今までに出版された本「美しい人に」「心に愛がなければ」「すてきな出会い」「目に見えないけれど大切なもの」など9作品の中から抜粋されています。特に好きなところを書きます。

*小さなことにも愛をこめていこう。言葉にも、行為にも。愛はそれらをかけがえのない価値を持つものに変えていってくれる。
*神は「目に見えるもの」よりも目に見えない「心」を大切になさいます。自分の罪深さを認めるへりくだった「心」を大切になさいます。
*微笑みは何の苦労もない人、不幸、災難に遭わない人が持つ特権ではない。むしろ、そのようなことに出逢って後に生み出された微笑は美しく人の心を平和にする力を持っている。
*子どもというものは成長していくためには、壁が必要です。どうしたらこの壁を乗り越えられるかと考える力が大切なのです。
*人生は決してきれいなもの、美しいものばかりではない。美しくするのは「私」なのです。棘のある言葉や、思うままにならないことこそ、栄養、肥料となるのです。
*どんなに忙しい生活でも他人の幸せを願うことはできます。自分の忙しさをこえ、自分の苦しみにもかかわらず他人を思いやり、慰め、幸せを願うところにこそ愛があります。
*愛することができるためには、人はまず愛されていなければならないのです。愛されて‘ごたいせつ’にされて、はじめて人は自分の価値を知り、自信を持って生きてゆくことができます。
*祈ったから立ちどころに心の傷が癒え、平安が戻るわけではありません。祈ることで痛みを抱えながら生きるのが私たちにとって当然のことであり、同じく痛みを抱えて生きている人への優しさも育つのです。
*真の教育の目指すところは、ひとりひとりがユニークな自分になること。そして名前で呼ばれること、つまり他と比較できない独自のひとりとして愛されてゆくことなのです。

1行きれい塾

寺門琢己著

東京の代々木でZ-MON(ゼモン)を主宰して、人の心と体についての研究、対話を続けている寺門琢己氏の本です。特に女性のこころとからだについての見識は暖かくて、優しさにあふれています。女性はそれぞれ誰でも魅力的な要素を持っているので、心とからだのバランスを美しく保ち、自分の魅力を引き出す方法が楽しく丁寧に書かれています。

そんなに美人ではないのに男性にもてる人っているでしょう?その人はいつも自分はかわいいと思い込んでいて、そうすると周りの人たちもその人がかわいいと思うようになります。そう思うことでその人自身のこころやからだに良い影響を与えてくれます。女性は本来男性的なところがあるので、無理に女らしくするのではなくて、潔さ、男らしさを発揮した方が男性に好まれることが多いのです。でもやはり女性の魅力はその柔らかさ、しなやかさにあることも忘れないように‥。現代の女性は自分の意見を持っていた方が良く、喜怒哀楽をちゃんと表現してますか?

目標はちょっと無理かなというくらいの方がやりがいがあります。いくつになっても「楽しいこと」にも多少のリスクがあるもの。子供は親の背中を見て育つから、ちゃんと自分を生きてる親の子供は、自分を生きることを学びます。赤ちゃんが事故に会っても助かることが多いのは、関節や骨格が柔らかいだけでなく、精神が柔らかいからなのです。寄ってくる人を拒まない、しなやかなこころと脳があるから。いつも何かに興味を持ち続けること、課題を持つことが「こころの美しさ」の秘訣です。女性、特に若い女性には素敵に生きるコツがきれいな文章で書かれているので是非読んでいただきたいです☆

辺境・近境

村上春樹著

村上春樹さんの本に初めて出会ったのは10年位前に図書館で「ノルウェイの森」を借りてきたのがきっかけでした。遅読な私が上下巻を数日で読むほど面白くて、その後彼の本は何冊も読みました。特に短編集は独特の味わいがあって大好きです。「辺境・近境」はアメリカ、メキシコ、香川、神戸などの旅日記です。現地で実際に経験したこと、思ったことを彼独自のユーモアと観察力で書かれています。

作家の聖地と言われるアメリカのイーストハンプトンは映画監督、俳優も多く住んでいて、スティーブン・スピルバーグ、ロバート・デ・ニーロなどもこの土地に家を持っているそうです。ゲストハウスにはロビン・ウィリアムズなどのスターたちがお酒を飲んで、歌ったりすることもよくあるみたい。本と映画好きな人は1度は訪ねてみたいところですね。日本人はメキシコに旅行する機会があまりないので、現地では何故メキシコに来たの?とよく質問をされたそうですが、ラテンの国は大好きなのでいつか行ってみたいです。メキシコバス旅行は楽しそうですが、のんびりした中にも苦労が多くて大変な様子が伝わってきました。

瀬戸内海の無人島・からす島の冒険は三泊の予定が一泊になってしまいます。無人島はロマンチックな冒険を期待して行くと、牡蠣で怪我をしたり虫の襲来など大変で現実は甘くはないのですね。うどん紀行の方はイラスト入りで楽しいです。おうどんを注文すると大根とおろし金が出てきて、客は自分で大根をおろして食べるお店の紹介は私もびっくりしました。親子でお店を経営していたり、讃岐うどんの小麦はオーストラリア産で味も香りも良く腰があるなど、いろいろ勉強になりました。神戸は村上さんが育った町なので、当時を懐かしむ気持ちが溢れていて暖かいです。でも阪神大震災の傷跡を見てとてもショックが大きかったそうです。何年かして故郷に戻ると当時のことを思い出してノスタルジックな気持ちに浸れるのですね。

寂聴あおぞら説法T

瀬戸内寂聴著

瀬戸内寂聴さんは20年ほど前に岩手県の天台寺の住職になられました。荒れ放題のお寺を綺麗に修復して、境内であおぞら説法を今もずっと続けておられます。参詣者の人数は多い日は1万人を越えるほどで、ユーモアを交えたお話はとても分かり易く、様々な人生経験を経て培われた説法は生きる勇気を与えられます。

人は貧乏や病気では(医学の進歩で)なかなか死なないけれど、寂しさで死ぬことはあります。独りで悲しさや苦しさに耐えるのはとてもつらいことです。人が死にそうに淋しい時、手を貸すのが私たち健康な者の役目です。寂しい顔をしている人が身近にいたら精いっぱい愛を注いであげてください。自分と家族だけを幸せにしたいというのもいいけれど、お隣さんもお向かいさんもみんなが幸せになりましょう‥というのが‘カシオペア連邦’の思想です。人には‘和顔施’を実行してください。どんなに苦しいこと、悲しいことも時が忘れさせてくれます。忘れるという能力を持っているから生きられる‥これは仏、神の恩寵(恵み)です。嫌なことがあっても腹を立てないで忘れることでとても気持ちが楽になります。

宇野千代さんは天真爛漫でとても可愛い方でした。彼女は毎朝、目を覚ますと今日は必ず良いことがあるとプラス思考で生きていました。125歳まで生きたいと1日1万歩を歩き、毎日乾布摩擦をしてボケ防止に何時間か机の前に座ることを実行していました。そして好きな人のためならどんなに尽くしても苦にならない人でした。世の中には尽くしたくても尽くす相手がいない人がたくさんいます。尽くす相手がいると言うのは幸せなことです。先のことは分からないから人生に絶望してはいけません。過信とおごりは慎まなくてはいけません。絶望した時、信仰があれば助けられます。キリストも言っています。‘明日のことは思い煩うな’と。いくら科学が進歩しても説明できない宇宙の大生命があって仏様はあなたの心の中にいます。仏教もキリスト教も根本の教えは同じだと思いました。

寂聴あおぞら説法U

瀬戸内寂聴著

Tの後、すぐにUを読みました。なかなか更新するチャンスがなかったのですが、やっとアップできました。TもUも神さま、仏さまを信じることが大切で、人には優しく愛情を注いであげましょうというという説法の内容は同じです。Uでは日本の戦後の教育の荒廃と、やはり神への畏怖の念を持つことの大切さを強調されています。

この世で愛する人との別れほど悲しいことはありません。夫や子供、恋人との別れはそう簡単に癒されるものではないのです。そんなつらい体験をした方に私は’人は亡くなっても極楽(キリスト教では天国)に行くのだから、そんなに悲しむことはないのです。それよりも生きているあなたがこの世で幸せになることを望んでおられる’とお話をすると、皆さん落ち着かれて平常心に戻られるそうです。私は人間が人間を救うこと、人間の苦しみを人間が救うことは絶対できないと思っています。人はその人の苦しみを聞いて、慰めることができても、ほんとうに心を救ってくださるのは仏さま、神さま以外にはないのです。

教育で大切なことは、人の悲しみ、苦しみを思いやれる心を育てることです。総理大臣になったり、ノーベル賞をもらうことではありません。子供は偉くなる必要はないのです。いつも黙々と人のために働いてくれる人、みんなが嫌がることを進んでやってくれる人、周囲の誰かを幸せにする能力のある、愛のある人になってくれと念じて育ててください。自分さえ良ければいいという利己的な人が多くなったのは戦後の教育が悪いからです。弱い人、困った人を助けてあげるということは人間として基本のことなのです。教育を受けても、それを人を救うために役に立てなければ意味がありません。お金も名誉も肩書きもお墓には持って行けないのです。生きている間にどれだけの人を愛し、愛されたかが大切なのです。